2004/10/23 魔法のコンパクト

 それは、とても清清しいとある朝の事の事。

 何もする事がなく、その為武器も鎧も身につけていない、ちょっと冒険者から離れたみなみ酒店がしっかりがっつりと朝食を取っていた時の事だった。
「……みなみ」
 その様子を、部屋から降りてきた歳三が信じられないという目で見た。
「……早いな」
「早いって言うな!」
 普段だったら夜遅くまで酒を呑んで、まだ寝ているであろう時間に、起きて朝食をとっているみなみ酒店の姿は、『おはよう』という挨拶すらも忘れてしまうほど、どうやら歳三には衝撃的だったらしい。
 つい、口をついて出てしまった言葉に、みなみ酒店が思いっ切り反論する。
「まあいい」
「いくねェよ。フォローしろ。オレの名誉の為に前言撤回しろ」
「みなみ、話がある」
 みなみ酒店の反論を綺麗に切り捨て、歳三はみなみ酒店の前に座った。
「何だよ話って」
「ああ、真面目な話だ」
 いつも真面目な表情に、真剣さも加わった歳三の顔は、いつになく引き締まっていた。
 一呼吸置いて、歳三は口を開いた。


「みなみ……すきだ」

**********
魔法のコンパクト
**********


 歳三の一言で、一瞬で変わったみなみ酒店の表情は、今後一生見れない程貴重な表情だった。

 たっぷり1分程固まったみなみ酒店を、使い慣れてないのだろうか、歳三は新しい携帯用ツールの記録用カメラを起動させて収めた。
 口の中の物を何とか喉に押し込んで、浮いていた氷すらも構わず、みなみ酒店は置いてあった冷水で一気に流し込む。
 みなみ酒店の脳内で、長い様で短い時間の間にどの様な逡巡があったのだろうか。
「……トシ、寝言は寝て言え」
 どうやらみなみ酒店は、歳三の発言を寝言か冗談と解釈したようだが。
「みなみ。俺はちゃんと起きているぞ」
「今日は四月一日じゃねェ」
「無論、冗談で言っている訳ではない」
 フォークを置いて、ガリガリと乱暴に頭を掻いたみなみ酒店に、平然と、まるで当たり前の様に歳三が続けた。

「本気だ」

「余計に性質悪ィわ!!」

 だん!
 みなみ酒店が思わず叫び――叫ばずにはいられなかった――、その拳がテーブルを叩いて大きな音を立てる。その音に、まばらにいた客の視線が二人のテーブルに集中した。
「みなみ、落ち着け」
「落ち着かずに居られっかよ!」
 顔にまでさぶいぼを出したみなみ酒店が、座っている歳三を睨みつける。
「オレのテリトリーはボンキュッボンの美女だ!
 野郎なんぞに興味はねェ」
「……例えば仮にお前がだ」
 殺気すらも伺わせるみなみ酒店に、歳三は小さく溜息を付くと、話を切り出す。
「……聞く耳持たねェって言ってるだろが」
「まぁ聞けみなみ。
 落ち着いてオレの話を最後まで聞いて、それから考えてくれればいい事だ」
 損は無いぞ。
 そういって、ふっ……と小さく笑みを浮かべた歳三を暫く睨み――みなみ酒店は
「……聞くだけだからな。
 お前がどれだけ戯言を抜かそうが、オレには関係ねーかんな」
 ふい、と横を向いてふてくされて、しかし元の席についた。
「ああ、俺も一度しか言わないからな、こんな事」
 みなみ酒店が腰を下ろしたのを見届けた歳三の表情が、再び引き締まる。

「……例えば仮にお前がだ。
 荒地を開墾するとする。その時土を耕すのに使われるのは『鍬』ではなく『鋤』だ」

「……はぁ?」
 何訳分からない事言ってやがる。
 そんな表情で、みなみ酒店は歳三を見やった。
 そんな話し相手など眼中にない素振で、歳三は話を続ける。

「『鍬』も耕すのに使われるが、それは既に開墾されて出来上がった田畑を耕す為の物だ。
 お前、昨日セレセレに自慢げに教えていただろう。
 それは間違っている。
 開墾の時に使うのは、『くわ』ではなく『すき』だ」

 『鍬』ではなく、『鋤』。
 『くわ』ではなく、『すき』。
 つまり、のっけに歳三は言い放った『すき』とは、『鋤』の事――…。

 思い至って再び固まったみなみ酒店の、やはり普段ではありえない――仲間すらも拝む事は無いであろう貴重な表情を、起動させたままだったのだろう、携帯用ツールの記録用カメラに収めると。

「セレセレには、昨夜の内にきちんと教えておいたからな」
 それだけ言って、歳三は席を立った。そして。

「だから、真面目な話だと言ったろうが」

 普段の歳三からは想像も出来ないほどありえない――「してやったり」と言わんばかりのニタリと崩れた相好を一瞬浮かべて、歳三は外へと出かけていった。

 ただ一人、みなみ酒店が、やけに人の視線が集中するその場に空しく残されていた。


**********


「セレセレさん〜、歳三さん〜☆」
 早朝――とまでは言えないながらも、昼とまではいかない午前9時。
 とあるカフェテラスでセレストとセーレ、そして珍しく歳三がくつろいでいる所に、てとてとと(二十代らしいが)年齢不肖な女性が幸せそうな笑みを浮かべてやって来た。
「ふらっくさんお帰りなさいですー」
 『ふらっく』――☆Flack☆と呼ばれた女性を、セーレが立ち上がって出迎える。
「首尾、どうでした?」
「バッチリ♪」
 ものすごく幸せそうな笑みを浮かべて、☆Flack☆はぐっ、と親指を立てて見せた。
「あ、コンパクト、お渡ししますねセレセレさん〜。
 歳三さんも、無理なお願い聞いて下さって本当に申し訳ないです〜」
 へこり、と頭を下げる☆Flack☆に、
「いや、首尾よく行ったのなら構わんさ」
 歳三が小さく笑みを浮かべた。
「出し抜かれた時のみなみの顔を、俺も見てみたかったしな」


 事の起こりは昨夜の事。
「ぐりぐり」を始めとして、いっつもいっつもみなみ酒店にからかわれるセレセレが、荒地を開墾する農具を『鍬』と自信満々で教えられ(要するに騙された)、みなみ酒店をぎゃふんと言わせたいと思い。
 歳三は歳三で、からかいが過ぎるみなみ酒店にお灸を据えねばと思っていたがいい方法が思いつかず。
 三人で作戦会議を設けようと入ったカフェに、珍しく☆Flack☆が居て、偶然にもどこかで拾ったらしい『魔法のコンパクト』を手にしていた。

 そこで、話を聞いた☆Flack☆が、今回の事を思いついて三人に話の流れを説明したのだ。
 ☆Flack☆は、みなみ酒店の貴重なレアショットをゲットできる。
 セレセレ歳三は、みなみ酒店をぎゃふんと言わせた上に、行き過ぎたからかいにお灸を据える事もできる。
 魔法のコンパクトで化ける対象が歳三だったのは、みなみ酒店が暴れ出したとしても、同じ実力を持つ戦士系の歳三なら抑えられるだろうという事での貧乏籤的人選だったのだが、たかがお灸で非力な女性に危険を及ぼす訳にはいかないという事で、歳三も(おおかたの予想に反して)快諾したのだ。

 そうして、コンパクトを持ってセレセレ達の宿に裏から入って――後は、化けて降りて来て今に至る。


「それでは〜、おひろめ〜♪」
 どこか間延びした口調で、☆Flack☆が先ほど撮って来たデータを三人に見せる。
「後で、セレストさんのツールに送っておきますねー」
「……なるほど、好い表情だ」
「うっわー、ありえない〜」
「なんか……百年の恋も冷める様ないやんな表情ですねー」
 三種三様の感想を口にした瞬間だった。

「あ、ヤバ。
 逃げます。また今度」

 言葉少なに☆Flack☆が自分のツールを取り上げると、テラスから飛び出して、ひゅー、と消えて行った。

「……ヤバ?」
 のほほんと呟くセーレだったが、朝の清清しい空気の中に、微かに――ほんの、それもちょこっとだけ――混じるみなみ酒店の殺気を、歳三だけはかろうじて感じていた。
「どうやら、俺の出番らしいな」
 こんな事もあろうかと持って来ていてよかった、と、その場で鎧を装着し始めたのを見て、セレセレは思い出した。

 知覚特化を始めとする知覚をフルに活かすタイプの冒険者は、気配に聡い者が多い。
 その中でもどうやら☆Flack☆は、知覚過敏な傾向にあるらしい――という事を。

「どどどどどーしようセレスト」
「どーするも早く逃げなくちゃ……」
「逃げるのなら、コンパクト持ってここからなるだけ遠くに避難しとく事だな。
 まあ、逃げたら逃げたで後で追及されると思うぞ。そうなったらお前等ちゃんと誤魔化せるか?」
 それは――出来ない方の確率が高い、様な気がして、セーレは慌ててズボンのポケットにコンパクトを押し込んだ。その頃には、セレセレにも感じ取れる程殺気が強まっていた。
「セレセレ。奥の方に居ろ」

 敵はどうやら店の外から来るらしい……そう読んだ歳三は、セレセレを店の入口側に行く様に押し出すと、「今回の計画に乗ったからには」と、ほんの少し愉しそうに己の武器を構えた―――

 Shape your own Distiny!
 
 (おわり)

まったりと旅は続きます。


次:2004/10/31

サイドストーリーず!
Ver.1.00
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